私は、緒形さんの『白野』のプログラムを二回作りました。この仕事は、いつものプログラム編集とは違う、重々しいものがありました。緒形さんの存在感ゆえだと思います。なぜに、緒形さんは『白野』に挑むのか、しかも若いスタッフとともに。『白野』は『シラノ・ド・ベルジュラック』を島田正吾さんが『白野弁十郎』という日本版&一人芝居として上演した作品です。『白野』はそれをアレンジしたものです。歌い上げるような島田さんのせりふ回しに対し、緒形さんはあえて淡々と朴訥と上演しました。再演では初演で試したことを鑑みて、ファンの脳裏に焼き付いている島田版に近い形で歌い上げるようなスタイルにしたと聞きます(忙しくて見られず)。3回は挑戦するといっていましたが、今年はお休みとなりました。体調が悪かったからでしょう。稽古でも疲れやすいような感じは私たちから見ても確かに感じられました。
今は忘れられかけている新国劇を実は誰よりも愛した方だったと思います。その演目を残していかなければ、という思いが強く、だから「あれもやりたい、これもやりたい」という夢を抱かれていました。どれも新国劇の演目を一人芝居にするというアイデアで、しかも若手の劇作家に手を加えてほしいと願っていました。なぜ一人芝居だったのでしょうか? 僕も何人か劇作家を提案してみました。
カッと見開いた目の厳しい顔が、口角が上がってゆっくり、ゆっくり優しい笑顔になっていく。そんな緒形さんの顔が浮かびます。ぜいたくなお仕事に携わることができました。残りのもう一回、ぜひやってみたかった。





by 田窪桜子
副都心線がもっとも有意義な劇…